初めて見たのは澄んだ瞳。
「お願い、助けてゼロ!」
目が覚めた俺に必死に助けを求めてすがってきた人間の少女。 初めて会った、何も知らない人間を俺は助けた。 それが・・・・エックスと敵対することになることになるとは、そのときは思ってもみなかった。
「お帰りなさい、ゼロ」 戻ってきたゼロをシエルが迎える。 「コルボーは無事よ。本当にありがとう」 「そうか」 「どうしたの?」 シエルはゼロの顔をのぞきこむ。 「疲れた。少し休む」 「ええ・・・」 ゼロはシエルの返答を待たず、さっさと自分に割り当てられた部屋に戻った。
「・・・ロ。・・・・ゼロ。」 夢の中で俺を呼ぶ声。 「ゼロ・・・・ゼロ・・・・・」 それははっきりとした姿となってゼロの前に現れる。 「ゼロ」 顔ははっきりと見えない。 だが、わかる。 そう、お前だ。エックス。 「君はどうして、レジスタンスの味方をしているの?」 エックスは俺に問う。 「お前こそ、何故無実のレプリロイドを処理し続ける?」 俺が聞くと、エックスは黙り込んだ。 「・・・・・・・」 「答えろ、エックス」 俺が強い口調で促す。 「・・・・君は変わってないね。でも僕は変わったよ。でも、それは・・・・」 エックスがゼロを見上げる。相変わらず顔ははっきりと見えない。だが、どことなく悲しげな雰囲気だった。 「君のせいだよ・・・・ゼロ・・・・・」 「エックス?」 「だって・・・・君は僕を一人にして・・・・そして・・・・・・・」
「!!」 目が覚める。 そこはレジスタンスベースの一室だった。 ゼロは起き上がると、背伸びをする。
また、あの夢か・・・。
ゼロは思案顔になる。 エックスが無実のレプリロイドたちにイレギュラーの嫌疑をかけ、処理施設に送り、処分させ続けている。 シエルから聞いた話は今でも信じられなかった。 戦いを重ねるごとに徐々に甦っていく記憶。記憶の中のエックスは同族のレプリロイドを殺すことをためらうほどの繊細で優しい心の持ち主だった。 ゼロは先ほどの夢の中の言葉を思い出す。
エックスが変わったのは俺のせいなのか・・・?
「ゼロ・・・・」 「?」 シエルが部屋の片隅でじっとゼロを見つめていた。 「ゼロの様子がおかしかったから・・・。迷惑だったかしら?」 「・・・・・・」 ゼロは答えない。それがシエルを不安にさせた。 「その、ごめんなさい」 シエルは申し訳なさそうにうなだれる。 「シエル」 唐突に名前を呼ばれてシエルはゼロを見つめる。 「何?」 「エックスのことだが・・・・お前が言ったことは本当なのか?」 それを聞いたシエルの表情が翳る。 「ええ、本当よ。エックスは・・・・こうしている今も、無実のレプリロイドたちを処分し続けている。」 「俺が覚えているあいつはそんな奴じゃない」 ゼロがきっぱり言うと、シエルは複雑な顔をした。 「エックスが変わったのは俺のせいなのか・・・?俺がいない間、あいつに何があったんだ?」 「それは・・・・」 「調べてみたが、昔はそうではなかったそうだな。むしろ今と逆だ。一体どこをどうして今みたいになったんだ?」 「ゼロ・・・・それは・・・・・・」 シエルは口篭もる。 「シエル・・・あんたは何か知ってるな?」 「・・・・・・」 シエルは答えない。答えようかどうか迷っている様子だ。 「セルヴォから聞いた。あんたは昔、ネオ・アルカディアで科学者として働いていたってな。何故その科学者がこんなところでレジスタンス活動をしている?」 「・・・・不当に処分される・・・レプリロイドたちを助けたかったからよ・・・」 シエルの声は震えていた。 ゼロは煮え切らない様子に苛立ちを隠せず、シエルの肩をつかんだ。 「いいや!あんたは何か知っている。それもエックスや世界が変わってしまった何かをだ!」 「わ、私は・・・」 「何故隠す?何故話そうとしない?」 「それは・・・・っ」
ゼロの詰め寄られ、シエルはもう半泣きの状態だ。 「あんたは世界を変えたがっていたな、シエル。もしかしてあんたがエックスを変えたのか?それで人間優位の世界を作ったのか?」 「違う!そんなんじゃない!!」 シエルは初めて大声をあげた。 「あなたに何がわかるっていうの?平和を信じて作ったエックスのコピーのせいで、大勢のレプリロイドたちが殺されることになった苦しみが!」 「なんだと・・・」 「そうよ!今の世界を作ったのは私!すべての引き金を引いたのは私!私が今のエックスを作ったのよ!」 シエルは泣きながら叫んだ。 「エックスはネオ・アルカディアの都市が完成直前に姿を消したそうなの。詳しいことは私にも知らされていない。エックス様がいなくなったことが知れたら混乱が起こるからって、エックス様に変わる新しい統治者が必要だって、ハルピュイアに言われて・・・・。私はエックスのDNAを元にエックスのコピーを作った・・・・」 「・・・・・」
「エックスは誰よりも優しくて、繊細で・・・・まるで人間以上に人間らしいレプリロイドだった。エックスを元にすべてのレプリロイドは作り出された。だからこそ、私はエックスのように他人の痛みを感じることができる、誰よりも繊細で、誰よりも優しいレプリロイドになることを願って、コピーの人格部のプログラミングをしたわ」 シエルは泣きはらした目のまま、淡々と語る。 まるで神父に懺悔する罪人のように。 「完成した後すぐにハルピュイア様に引き取られていった。きっとエックス様のようにみんなを幸せにしてくれる、平和はこれからもずっと続くって・・・・。でも・・・コピーのエックスはエックスのようにはならなかった。今の状況をみればわかるでしょう?私は大いなる災いをこの世にもたらしたの!」 シエルは泣き叫んだ。
「何故・・・・コピーエックスは今のようになったんだ?」 ゼロの問いにシエルは首を振る。
「私はそこまではわからない・・・・。わかるのは私がエックスのコピーを作ったからすべては壊れたってことよ・・・・」 シエルはがっくりとうなだれた。 その肩をゼロが抱く。 「ゼロ・・・?」 「責任なんか感じる必要ない」 「あ・・・・」
「あんたはみんなのためを思ってやっただけなんだろう。コピーエックスがああなったのはあんたのせいじゃない」
恐らくは、コピーエックスを引き取り育てた連中・・・・そいつらが原因だろう。 生まれてほやほやの何も知らない子供がネオ・アルカディアの統治者となったのだ。 周囲がちやほやするうちに、己をわきまえずに思い上がるのは当然だろう。
人間たちも自分たちの都合の良いように圧力や影響を与えたのだ。 「ありがとう・・・・ゼロ」 シエルは微笑む。 ゼロも口元に笑みを浮かべる。 それがシエルが初めて見た、ゼロの笑い顔だった。 シエルは自分でも気づかないうちに背伸びをしてゼロに口付けていた。 それは軽く触れるキスだったが、互いの想いを伝えるには十分だった。 「シエル」 ゼロがシエルの頬に触れて、優しく撫でる。 忘却の研究所で出会って以来。シエルはずっとゼロに気を遣いながらも、なんとか自分たちの側にいてくれるように頼み、時にはすがってきた。 ゼロはシエルの胸の内を探りながら、一定の距離を保ちながら、ネオ・アルカディアと戦ってきた。 今やっと、ゼロとシエルは歩みより、お互い理解して、その心を受け入れたのだ。 「俺はエックスのコピーを倒す。そしてみんなを、お前を救ってみせる」 「ゼロ・・・・」 シエルは目を潤ませると、大きくうなずいた。
エックス・・・・。 今わかった。 俺が何故シエルを助けたのか? シエルはお前に似ている。 だからこそ、守りたかったんだ。 俺はお前を守れなかった・・・・。 だからこそ、せめて今目の前にいるシエルを守ってやりたい。 わかってくれ、エックス。
ゼロは心の中で強く思った。
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