ロックマンゼロSS

ずっと一緒に



「ゼロ!」
廊下を駆けてきたアルエットが、いきなりゼロの髪を引っ張った。
「・・・何の用だ?」
「シエルお姉ちゃんが、ゼロに大事なお話あるって。だから、お部屋に行ってあげて」
と、アルエットはゼロの背中をぐいぐいと押す。
「・・・わかった」
ゼロが答えるが、アルエットはゼロの手を引っ張って、せかすようにシエルの部屋まで連れていった。
部屋の前につくと、
「・・大事なお話らしいから、私はどっか行ってるね」
と、アルエットは足早にどこかへ行ってしまった。
ゼロは怪訝に思いながら、シエルの部屋の中に足を踏み入れた。




「いらっしゃい、ゼロ」
シエルはゼロを部屋に招きいれた。
「ゼロが来てくれるなんて、感激だわ」
シエルは心から嬉しくて、思わず手を組んで感激した。
「・・?お前が俺を呼んだんじゃなかったのか?アルエットが言ってたぞ」
「アルエットが?」
シエルはきょとんとするが、
「・・ええ。ごめんなさい。アルエットに呼んでくれるように頼んだったわ。すっかり忘れてて・・・ごめんなさい、ゼロ」
と、あわててとりつくろう。
アルエットったら・・・。
アルエットが気を遣ってくれたことに、シエルは心の中で感謝した。
「・・・用件は?」
「用事がなきゃ、呼んではだめなの?」
シエルは思わず口を尖らせる。
「ほら、戦ってばかりでゼロも疲れてるだろうから、たまにはおしゃべりしたり、くつろぐ時間が大事だろうと思って・・・」
と言いながら、シエルはゼロに椅子をすすめる。
ゼロはしぶしぶ椅子に座ると、シエルの部屋を見回す。
必要最低限のものしか置いてない、殺伐とした部屋だった。
ふと壁を見ると、そこに写真が飾られている。シエルとアルエットの写真だった。
「アルエットがね、一緒に撮ってってせがんで、一緒に撮ったの」
ゼロが写真を見ているのに気づいたシエルは、あわてて説明する。
写真のアルエットは、口元を見せてにっこり笑っている。
「あの子が初めて見せてくれた笑顔なの」
シエルの言葉に、ゼロはアルエットが言ったことを思い出す。
ネオ・アルカディアにいた頃は人間の優しさなんて知らなかった。
アルエットは寂しそうにそう言った。
「昔は違ったのか?」
「ええ。ひどく怯えていて、とても痛々しかった・・・」
シエルは椅子に座ると、アルエットと出会った頃を話し出した。




「この子が?」
「ああ。ちょうど崩れた建物の瓦礫の間に挟まって無事だった」
その日、別のレジスタンスグループの基地がネオ・アルカディア軍の攻撃を受け、壊滅した。様子を見に行ったミランたちは、そこで一人の少女を発見して連れてきた。
「かわいそうに・・・」
ミランによって隠れ家から助け出された少女は、ひたすらおびえた目で周りを見回している。
「他の人は?」
と、シエルが尋ねると、ミランは首を振る。
「建物の下敷きになった奴が何人かいたが、みんなだめだった。生き延びた奴は全員連れていかれた・・・。いずれにせよ、もう・・・」
それを聞いた少女は下を向く。
ミランは少女を見て、
「でも、その子を助け出すのは大変だったぜ。手を差し伸べたら、いきなり噛みつかれて・・・」
と言いながら、右手を押さえながら顔をしかめた。
「ミラン。一応、手当てをしておいた方がいいな」
コルボーがミランの手を取ると、その様子を確認する。
「ああ。シエル、その子を頼む」
「わかったわ」
ミランがコルボーと一緒に出て行く。
部屋に、シエルと少女が取り残された。
少女は何もしゃべらない。シエルは少女をじっと観察する。外見年齢は10歳ぐらいの、あどけない少女の姿をしたレプリロイドだった。だが、その外見は土や埃で汚れている。
「私はシエル。あなたは?」
と、シエルはにっこりと笑いかける。
しかし、少女は答えない。
「・・・私、シエルっていうの。あなたのお名前は?」
もう一度シエルは尋ねるが、少女は口を閉ざしたままだった。
「・・・ねえ、よかったら、私をあなたのお友達にしてくれないかしら?」
シエルはあきらめじと、気を取り直して話しかける。
それを聞いた少女は、えっと言うような、ぎょっとした顔になると
「・・あなたとは、お友達になりたくないの」
と、小さい声ではっきりと拒絶した。
「まあ、どうして?」
シエルは少女の態度に内心ショックを受けたが、笑顔を崩さずに尋ねて見る。
「・・私が最初にいたおうちは、髭のおじちゃんがいたわ。いつも忙しくて、私、おうちでお留守番してた。でも、ある日おじちゃんはいなくなって、知らないおじちゃん、おばちゃんたちが大勢おうちに来て、イサンソウゾクとか難しいお話してて・・・。私はその権利はないって、別の人のおうちに行ったわ。でもその人、私の態度が気に入らないって言って、いつもぶっていじめて・・・。私、次に、おじいちゃんとおばあちゃんのいる家に引き取られたわ。でも、おじいちゃんがすぐに死んで、おばあちゃんはいつも外をぐるぐる歩いたり、よくわからないけど、私のこと泥棒って怒鳴って、いつもいじめて・・・・。そして、怖い人が来て、私、ショブンジョウって場所に連れて行かれたの」
少女はぽつりぽつりと話す。
どうやら、この少女は、人間の家をあちこちたらい回しにされたあげく、役に立たないと処分場に送られたらしい。
「ショブンジョウで一緒にいた人が、私に大丈夫だって言ったけど、連れて行かれたきり戻ってこなかったわ。ショブンジョウに来て、私を助けてくれた人も、絶対逃げ切れる、安心しなさいって言って、さっきいなくなったもの。あなたも、すぐいなくなっちゃうんでしょ。それで、私はまた一人になっちゃうの」
シエルは首を振る。
「みんな、私たちが助けてみせるわ。もうすぐ、みんなにまた会えるわ。だから安心して」
「・・みんな死んじゃったわ」
少女は暗い声で言った。
「そうよ。みんな死んじゃったの。だから、もう会えないの」
あの建物の中にいたレプリロイドたちは、捕まるか、崩壊した建物の下敷きになって死んでしまい、助かったのは崩れた瓦礫のすきまにいて、難を逃れた少女一人。一人生き残った少女は、その幼い心に重過ぎるほどの厳しい現実を経験しているのだ。そういった意味では、心はもう子供ではないのだ。
「・・そうね。そうかもしれない。でも、私は違う。あなたを残していなくなったりしないわ」
「・・約束する?」
「ええ」
「死んでも約束する?」
「ええ」
と、シエルが首を縦に振る。すると、少女はこらえきれなくなったかのように、顔をくしゃくしゃにしてシエルに抱きついた。
シエルはぎゅっと少女を抱きしめる。
守ってあげなくちゃ・・私を信じてくれたこの子のためにも。
シエルは心の中で、改めて自分の戦う理由を自覚し、そして決意した。
「あなたのお名前・・なんていうの?」
「・・・・名前なんてないもん」
「そうなの。じゃあ、私が考えてあげる」
シエルは目を閉じて、しばらく考える。
「・・アルエットって、どうかしら?」
「アルエット?」
「フランス語で、"ひばり"って鳥の名前よ」
と、シエルは微笑んだ。
「元気に空を飛んでるひばりのように、あなたも元気になってほしいなって・・・。どうかしら?」
「うん」
と、少女――アルエットは肯いた。




「今日もお仕事?」
「ええ。ごめんね」
自分の部屋にやって来たアルエットに、シエルは頭を下げると、
「これ、あげるわ」
と、アルエットに猫のぬいぐるみを渡した。
「アルエットの新しいお友達よ。私はいつも一緒にいられないけど、私がいない時は、その子を私の代わりに思ってあげてね」
「・・ありがとう」
シエルはぬいるぐみをぎゅっと抱きしめる。
そして、一枚の写真を差し出した。
「これ、あげる」
「まあ。これ、昨日セルヴォに撮ってもらった写真ね」
写真にはシエルとアルエットが写っている。昨日、写真を撮ってとアルエットがセルヴォを引っ張ってきて、シエルと一緒に撮ってもらった写真である。
このとき、シエルに抱きついてカメラを見たアルエットは、生まれて初めて、にっこりと満面の笑顔を見せたのである。
「私、いつもがんばれって、応援してるから。いつも一緒にいるってこと、伝えたくて・・。だって、友達だもん」
「アルエット・・・」
シエルは感激する。
「ありがとう。いつも飾って大事にするわね」
「うん」
アルエットはしばらくもじもじしていたが、
「シエル・・お・・姉ちゃん・・・。お仕事がんばってね」
と言って、駆け足で部屋から出て行った。
「お姉ちゃん・・・・か」
シエルは胸を打たれて、しばらくの間、涙ぐんでいたのだった。




「それが、あの子が初めて、"シエルお姉ちゃん"って呼んでくれたときだった」
「今のあいつからは想像できないな」
ゼロが知っているアルエットは本当に子供であどけない少女だ。すぐにすねたり、笑ったり、そんな暗さを微塵も感じさせなかった。
「だから、私、頑張るの。研究を完成させて、みんなが・・アルエットが幸せに暮らせる場所を見つけて、みんなと幸せに暮らすのよ」
と、言いながら、シエルはゼロを見た。
「そのときは、ゼロも一緒に来てくれるよね・・・?」
「・・・・ああ」
ゼロがそう言うと、シエルは嬉しそうに頷いた。胸が温かくなるのを感じる。ゼロに見つめられるたびに、なんともくすぐったい心地よい気持ちになる。
シエルはゼロが好きという自分の気持ち、恋心というものを、改めて実感する。
そして、ゼロと二人きりの時間を作ってくれたアルエットに感謝した。
ゼロが、アルエットが、私を見てくれてるから、私はがんばれるの。
私、がんばるから。
新エネルギーが完成したら、どこか遠い安全な場所に行って・・・。
そして、みんなで一緒に暮らそう。
いつまでも、ずっと一緒にいようね。








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