「メリークリスマス」
「わあ。ありがとう、シエルお姉ちゃん」
アルエットは、シエルからプレゼントの包みを受け取って、はしゃいでいる。
「でも、なんでプレゼントなんてくれるの?それに、シエルお姉ちゃんの格好、いつもと違う」
シエルが着ている服は、真っ赤な服に真っ赤な帽子。いわゆる、サンタクロースの衣装だ。肩には、大きな白い袋を担いでいる。
「今日は、クリスマスだからよ」
と、シエルはウィンクする。
「クリスマス?人間がプレゼントをあげたりする行事?」
「・・厳密にはちょっと違うんだけど、そんなところね。はい、メナートにもプレゼント」
駆け寄ってきたメナートにプレゼントを渡しながら、シエルは言った。
「終わったのか?」
「ええ」
ゼロ以外のレジスタンス全員にプレゼントを配り終えて、自分の部屋に戻ってきたシエルは、待っていたゼロに出迎えられた。
「肩がこって大変だった!」
と、シエルはごろっとベッドに寝転がった。
「・・・・シエル。下着が見えてるぞ」
「えっ、きゃっっ!」
シエルは慌てて起き上がると、スカートの端を押さえる。
「ゼロのエッチ!」
シエルが思わず叫ぶ。
「・・・そんなもの見て、どうしろって言うんだ」
と、ゼロはさして興味ないように言い返した。
ゼロからしてみれば、人間の女が下着を見られるのは恥ずかしいことで、気づいたらすぐに教えてやるのがいいと思っただけだった。
しかし、"そんなもの"と言われて、乙女が怒るのは自明の理だった。
シエルは、顔を真っ赤にすると、
「・・・・ゼロのぶぁぁかあぁぁーーーーーー!」
と叫んで、ゼロめがけて、枕を投げつけた。しかし、ゼロは枕を難なく受け止める。
「・・何をするんだ」
「早く出てって!」
シエルの剣幕に、さすがのゼロもあっけにとられる。
「早く!」
ゼロは、訳がわからないまま、そのまま部屋を出た。
「・・・何故、オレがバカ呼ばわりされなければならないんだ」
そこへセルヴォがやって来る。
「おや、ゼロ。シエルと一緒じゃなかったのかい?」
「・・・・」
「シエルと何かあったのか?」
「さあな」
ゼロは憮然として答えると、
「まあ、とにかく私の部屋へ来るといい」
セルヴォは、ゼロを隣の自分の部屋へ招きいれた。
「そうか」
ゼロから事情を聞いたセルヴォは納得する。
「それはゼロが悪い」
「何故だ?」
「デリカシーの不足ってやつだ」
「デリカシー?」
ゼロが言うと、セルヴォはうなずく。
「そうだ。人間の女の子にとって、直接そんなことを言われたら、気まずいし、とにかく恥ずかしいことなんだ」
「早く教えてやったほうがいいだろう」
と、なおも納得しないゼロに、セルヴォはため息をついた。
「・・とにかくだ。君は、シエルに恥をかかせたんだ。これは、人間だろうと、レプリロイドだろうと、関係ない。女の子に恥をかかせるなんて失礼だぞ」
「・・・オレにどうしろって言うんだ」
と、ゼロが言うと、セルヴォは人差し指を突き出す。
「シエルに謝ることだ。悪いと思ったら、まず謝る。先に謝る方が、後が楽だぞ」
「・・・断る」
と、ゼロはにべもなく断った。
「オレは悪くない」
ゼロはそう言うと、部屋を出て行った。
「やれやれ。仲がいいのか、悪いのか・・・。恋愛とは、難しいものだな」
と、セルヴォは大げさに首を振った。
「あっ、ゼローーーー!」
廊下に出てきたゼロを見つけて、アルエットが駆け寄ってくる。
「ゼロはプレゼントもらったの?」
「いや・・・」
「えー。ゼロにだけプレゼントないなんて、変だよ。早くもらいに行かなくちゃ」
「・・・・今はやめておく」
アルエットはきょとんとするが、
「じゃあ、一緒にこれ食べよう」
と、可愛い絵柄の紙袋を見せる。袋の中には、クッキーの形をしたEクリスタルがたくさん入っていた。
「シエルからのプレゼントか」
「うん!ゼロにも分けてあげる」
アルエットはゼロの手を引っ張って、屋上へと連れて行った。
一方、シエルは部屋で自己嫌悪に陥っていた。
「なんで、あんなこと言ったんだろう」
シエルにとって、今日は生まれて初めて、自分が率先して祝う特別なクリスマスだった。
ネオ・アルカディアでは研究ばかりしていて、同じ科学者の子供たちと、毎年定例のパーティーをしたことはあったが、自分からクリスマスを祝うのは初めてだった。
だからこそ、思い出に残るクリスマスにしようと、本を読んだり、ツリーやら何やら準備をして、レジスタンスベース全員分のプレゼントを用意したのだ。
「・・プレゼントを配るところまではよかったのに」
でも、ゼロのあの一言で、残りの予定が台無しになってしまった。
ゼロには特別なプレゼントを用意してあったし、昨日練習した言葉を、絶対決めてみせると思ってたのに。
「違う。私のせいだわ。ゼロに悪気はなかったのに・・・」
でも、ゼロもデリカシーがなさすぎる。
せめて、それとなく教えてくれればよかったのに。
そりゃあ、パンツを見られたのは恥ずかしいけど、乙女の恥じらいというものを、ゼロは理解してくれてもいいと思う。
私は、ゼロにこんなにドキドキしてる。空を飛べるような気持ちで、すっごく嬉しい気持ち。そう、ゼロに恋する気持ち。
でも、私は人間で、ゼロはレプリロイド。
レプリロイドのゼロには、人間が抱くような、そんな感情はないのかしら。
もしかしたら、ゼロは私のこと、そんなふうに見てくれてなかったの?
ゼロと両思いだと思っていたのは、私の勘違いだったの・・・?
そう思うと、シエルは急に切なくなった。
「・・・このまま終わるなんて、嫌」
せっかくのクリスマスなのに、こんな気持ちのまま、終わってしまうなんて。
「とにかく、謝らなきゃ」
こういった場合、謝ってしまう方が後腐れなくていい。
どこかの恋愛小説に書いてあった。
シエルは起き上がると、ゼロを探しに廊下へ出た。
「はい、ゼロ、あーんして」
「1人で食える」
「だめー」
シエルが屋上に出ると、楽しげな声が聞こえてくる。
そっと物陰からのぞくと、ゼロがアルエットとベンチに座って、仲良くEクリスタルを食べていた。
「はい、あなたー」
「なんだ、その"あなた"ってのは」
「食べさせてあげるとき、こう言うの」
「・・違うと思うぞ」
ゼロはあきれるが、アルエットはおままごと気分で、ゼロの口元にEクリスタルを差し出してくる。
仕方なく、ゼロは口に入れた。
「うまいな」
「でしょー?シエルお姉ちゃん特製なんだって」
と、アルエットはにっこりする。
その言葉を聞いて、ゼロはシエルを思い出す。
プレゼントとして配るEクリスタルは、今までのものよりずっと良質のものを選別して、加工してあるのだと、言っていた。
そのために、シエルは毎晩遅くまで、寝る間も惜しんで、準備していたのだ。
私にとって、ある意味、初めてのクリスマスなの。
だから、うーんと頑張らなくっちゃ。
ゼロの頭に、シエルの言葉が蘇る。
・・シエルの頑張りを、オレは台無しにしたのか。
セルヴォの言葉の意味がわかり、ゼロは内心申し訳なく思った。
「ゼロ、はーい」
そんなゼロの気持ちを知らないアルエットは、笑顔で、Eクリスタルを差し出してくる。
「私の愛を食べてー」
「・・・・なんだ、それは」
「食べさせてあげる相手には、こう言うんだよ」
「・・どこで、そんなこと覚えた?」
「えっと、前に見たドラマだよ」
「ううー」
シエルはしばらくそれを見ていたが、やきもちを焼いてる自分に気がつき、頬に手を当てる。
「・・・・」
私ったら・・・・アルエットにやきもちを焼くなんて。
あの子にそんな気はないのよね。・・多分。
とにかく、ゼロにまず謝らなくちゃ。
シエルは、意を決して歩き出す。
「あ!シエルお姉ちゃん」
「・・・・」
こちらに歩いてくるシエルを見て、アルエットは立ち上がると、彼女に駆け寄る。
「今、シエルお姉ちゃんにもらったEクリスタル食べてたんだよ」
「そ、そう・・・」
シエルはゼロを見る。
「シエルお姉ちゃん、ゼロにプレゼントを渡しに来たの?」
「え、ええ・・・」
「じゃあ、私、ロシニョルおばさんのところに行ってるね!」
アルエットはそう言うと、元気よく走り出す。
「えへへー。がんばってねー!」
アルエットはいったん立ち止まって、大声で叫ぶと、そのまま屋上を出て行った。
残った二人の間に、沈黙が流れる。
「あの・・・」
「・・・・・」
シエルは、ゼロのそばに立つと、ぺこんと頭を下げる。
「さっきはごめんなさい・・・」
シエルは、しゅんとした顔でうなだれた。
「ゼロに悪気はなかったのに、私、恥ずかしくて・・・」
「・・もう、いい」
ゼロは立ち上がった。
そのまま、お互い見つめあう。
「あのね、ゼロ。ゼロって、私といて楽しい?」
「?」
「私と一緒にいるのは・・・嬉しくない?私のこと・・ゼロは、好きでいてくれてるんだよね?」
「何が言いたい?」
シエルは意を決して
「ゼロ」
と、ゼロの手をとって、自分の胸にあてた。
「私の胸・・・ドキドキしてるでしょ?」
「ああ。心臓の音だな」
「違うわ。ゼロが目の前にいるからよ」
シエルが、ゼロをじっと見つめてくる。
それを見て、ゼロはふと、遠い昔に見た恋愛映画でこんな場面があったなと思った。
「私、ゼロといると、すごく嬉しいの、幸せなの。すごく、胸が温かくなるの」
シエルの目が潤んでいる。
「ゼロは・・・私といて、そう思わない?」
「・・・体内の温度が上昇することはない」
「・・・・そう」
と、シエルはがっかりしてうつむいた。
「だが」
ゼロはシエルを抱きしめた。
「きゃっ、・・ゼロっ・・・」
突然のことに、シエルはさらに心臓の鼓動が早まるのを感じた。
「・・こうしてると温かい」
「ゼロ・・・・」
シエルは目を閉じて、ゼロの抱擁に身を任せた。
「あったかい・・・」
シエルは、気持ちよさそうにほっとした顔をする。
「ゼロ・・・キスして」
「いいのか?」
「ええ。お願い・・」
ゼロはじっと見つめる。
「オレからのクリスマスプレゼントだ」
いつも頑張っているシエルへ、愛情と感謝を込めて。ゼロはそっとキスをしてやる。
あまりにもすんなりお願いを聞いてくれたゼロに、シエルは戸惑うが、戸惑いよりも、嬉しさの方が格段に上だった。
「ありがとう・・ゼロ。私にとって、ゼロからのキスは、最高のクリスマスプレゼントよ」
頬を真っ赤に染めて、それでもゼロから目をそらさずに、シエルは言った。
「これが私の気持ち」
と、シエルはゼロに腕を回し、今度は自分からキスをした。
ゼロの顔が間近にあるのが恥ずかしくて、目を閉じる。唇の感触だけが伝わってくる。
ゼロの唇は冷たいけど、やっぱり温かい。
しばらく口付けた後、そっと顔を離した。
「ゼロへのプレゼント、なんだかわかる?」
シエルはゼロの腰に手を回す。
「あなたの傍にずっといて、もれなく無償の愛がついてくるもの」
シエルはにこっと笑うと、自分を指差す。
「私がゼロのプレゼント」
顔を真っ赤にしながらも、とびきりの笑顔を作って言った。
ゼロはふと、さっきのアルエットの言葉を思い出した。
「まさか、アルエットが見てるドラマっていうのは、お前が見てたやつか」
「ええ。今、視聴率ナンバーワンのドラマなのよ。アルエットが見たがったから、ディスクに録画してあげたの」
シエルが、研究の合間に、熱心に見入っていたドラマだ。見てるこっちが恥ずかしくなる内容の・・・。
「・・恥ずかしい?」
「バカ言え・・・」
そのとき、白いものがゼロとシエルの間に落ちてくる。
二人は、同時に空を見上げた。
「雪が降ってきた・・・」
二人を祝福するかのように、灰色の空から粉雪が舞い落ちてくる。
「ホワイト・クリスマスか・・・」
「サンタクロースからのプレゼントね」
シエルは、そっとゼロと手をつなぐ。
ゼロは無言で、指を絡めて、しっかり握りしめた。
自分の手を包む、ゼロの大きい手の感触が、シエルには心地よく、とても嬉しかった。
「私のサンタクロースは、やっぱりゼロね。いつも、私に最高のプレゼントをくれるもの」
「・・・・」
シエルはゼロを見つめる。
「突然現れて、私たちを助けてくれて、今の生活をくれた。まさに私たちの、ううん、私のサンタクロースよ」
「ああ」
ゼロが答えると、シエルは
「行きましょ、サンタさん」
と、笑顔で言った。
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