「ゼロ〜。ゼロ〜。起きてよ〜〜!」
屋上で昼寝をしていたゼロを、誰かが揺すってくる。
ゼロが目を開けると、アルエットがじいっと顔をのぞきこんでいた。
「・・・なんだ?」
「うふふ。おはよう、ゼロ!」
「・・・・もう、午後だが」
「細かいことは、気にしないの! ほら、起きて、起きて!」
仕方なく、ゼロは上半身だけ起き上がった。
昼寝を邪魔されて、ゼロは幾分、機嫌の悪そうな顔をしている。
だが、アルエットは、そんなゼロにおかまいなしに、笑顔で尋ねてきた。
「今日何の日か知ってる?」
「?」
「せけんじゃ、バレンタインデーって、いうんだって」
「バレンタインデー?」
もちろん、ゼロは、バレンタインデーが何なのか知っている。
「人間の女が、好きな男にチョコレートを渡す行事か」
「うん!」
アルエットは満足げにうなずく。
「だから、ゼロも早く、シエルお姉ちゃんから、ちょこれーとを貰いに行かなくちゃ!」
アルエットは、ぐいぐいゼロの手をひっぱる。
「おい・・・」
結局、ゼロはアルエットにせかされて、しぶしぶシエルの部屋へ向かうことになったのだった。
ゼロが、シエルの部屋に入ると、シエルはモニターに向かって、一心不乱にキーボードを叩いていた。
「あら、ゼロ」
研究中だったシエルはゴーグルを外して、ゼロをいつもの笑顔で迎える。
「研究中だったのか」
「ええ。新エネルギーをさらに改良したものを作れないかなって・・」
「そうか。邪魔したな」
それだけ言って、帰ろうとするゼロを、シエルはあわてて引き止める。
「ま、待って! ねえ、もう少しゆっくりしていかない? 私も気分転換したいし・・」
シエルは、椅子を持ってきて、デスクをテーブル代わりに、ゼロと仲良く並んで座れるようにする。
そして、いそいそと、エネルゲン水晶をおやつ代わりに持ってきた。
もちろん、シエルのおやつはクッキーである。
「・・今日が、何の日か知ってるか?」
「もちろん! バレンタインデーでしょ」
ゼロが尋ねると、シエルは笑顔で答えた。
「・・・・」
「・・・・どうかしたの?」
黙ったゼロを見て、シエルは考えをめぐらせ、すぐに結論にいたった。
「・・ごめんなさい。ゼロへのチョコレート作ってないの」
「何故、謝る?」
「・・ゼロは私の大好きな人なのに、大事な日に、何も用意できないから」
シエルは悲しそうな顔をすると、手にしているマグカップに視線を落とした。
「・・チョコレート作ろうと思ったんだけど・・・・。ゼロ、食べれないでしょ」
「ああ」
レプリロイドのゼロに、人間の食べ物を食べることはできない。
「だから・・もう・・何も考えないで、最近は、ひたすら研究に没頭してたの。バレンタインデーを考えれば、考えるほど、あなたと私の違いをいやってほど、痛感するから」
人間の私。
レプリロイドのゼロ。
人間の私に、永遠はない。
でも、レプリロイドのあなたには、永遠がある。
人間の私は、年老いていく。
でも、レプリロイドのあなたは老いることはない。
私とあなたを隔てる壁。
時間は無常に流れて、私の身体を風化させていく。
そして、いつか、私はあなたとお別れしなくちゃならなくなる。
そんな悲しみを、いやでも思い知らされるから。
「いつかは・・ゼロと・・。ううん、アルエットや、セルヴォや、コルボー・・みんなとお別れする時が来るって、わかってる。どうしようもないことだって。でも、今はせめて、この時間を大事にしたいから・・それを忘れていたいから・・・・」
「シエル」
ゼロは、いきなり、シエルを抱き寄せた。
「きゃっ・・ゼロ・・・」
抱き寄せられて、シエルは真っ赤になる。
「たしかに、お前は俺たちと違う。だが、人間で、たとえ、年老いても、いずれ別れることになっても、みんなお前を忘れたりしないし、お前が好きだ」
「ゼロは・・・・?」
シエルの問いに、ゼロは不敵な笑みを浮かべる。
「お前はお前だ。たとえ、お前がアンドリューみたいになっても、俺の気持ちは変わらん」
「もう・・・・たとえがひどすぎ」
シエルは、ぷうとふくれる。
しかし、次の瞬間、ゼロの胸に顔をうずめた。
「大好きよ、ゼロ」
そして、シエルはゼロの顔を見上げる。
「あのね・・。本当は一つだけ、ゼロにあげられる、チョコレート代わりのプレゼントを考えたんだけど・・もらってくれる?」
シエルの言葉に、ゼロがうなずく。
「それじゃ・・私からあなたへ愛をこめて」
シエルはそっと、ゼロの唇に、自分の唇を重ねた。
かすめる程度のキス。
「・・安上がりだな」
「もう! あと数年したら、もっと、高くなってるんだからね」
シエルは腰に手を当てて、ゼロをにらんだ。
だが、その顔はすぐに、幸せそうな、にまにました表情に変わる。
チョコレートをあげることはできなかったが、ゼロに、バレンタインデーのプレゼントをあげることができた。
私のキス・・少しは甘かったかな。
来年は、もっと甘くなるよう、がんばるからね。
シエルは、心の中でそう思った。
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